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山下健一郎  ♂


第二次ベビーブーム時に一人っ子として関東のベッドタウンの郊外に生まれる。

虫を追っかけたり、クワガタが死んで泣いたり、犬と小競り合ったり、犬の散歩というていでパリパリのエロ本を拾いまくったり、バケツで大量のザリガニを腐らせたり、マンホールを探検して転んだり、ドブに落ちて歯を折ったり、チャリ手放し運転で車にぶつかったり、ガンプラを万引きしてつかまったり、という昭和の郊外の量産型ボンクラとして育つ。 

小学生の時、祖母の家から(牛小屋)から白猫の子猫をもらう。

ある日学校から帰宅すると猫がいなくなっており、置き手紙と「ガチャガチャドラえもん」←当時ヒットした超合金 が置いてある。

置き手紙には「このドラえもんを子猫だと思って我慢しろ」ということが書いてあった。

父親の今更猫を返してこいという命令に母が抗えなかったとのこと。(以後このことを大人になった今も根に持つ)

子猫はいっぱい仲間が居る牛小屋に戻ったらしいので一安心。

( 追記 2021年、母にあの時の白猫はどうしたんだろう?と聞いた所、あの後車に轢かれて亡くなったと...なんだよおい...)

1代目柴犬♂を迎える。やたら身体がでかく、今の可愛い顔のとは違う古風な犬という記憶。懐いているのに頭をなでると噛み付くタイプ。

(噛み付くのはブリード先の環境のせいかもしれないとも今になって思ったりして...大人になった今、色々考えてしまいます。)

12指腸に虫がいると診察され、近所の動物病院に虫下しを処方される。

なんだかどんどん調子が悪くなって再度受診すると、薬の副作用なので問題無いと診断される。

結果、一歳半で泡ふいて死亡

以後今に至るまでこの病院に殺意すら抱いている。

2代目柴犬♂を迎える。少し病弱な小柄な男の子。頭は悪く、顔は良い。テニスボールと松ぼっくりが大好きな憎めないバカ。

  脱走したら数匹いる彼女の家に疾風がごとく突撃。この頃は去勢はまだ一般的ではありませんでした。

僕が実家からアパートに帰ろうとすると(当時学生)足に抱きついて「行かないで、行かないで」としていた。(一応腰は振らないのでマウントではないはず...)

実家が新潟の柏崎に引っ越す。犬と別れる(当時RCのカバーズや広瀬隆にハマっていたこともあり、少しびびった)

で浪人生の分際で一人暮らしになり、生活費をCDとアルコールに使う。

勉強は完全に辞めた分、絵は意地になって真面目に描いてました。

2浪の末、某国立美術大学日本画科に受かるが、学校にも行かずバイトしまくり、ボロいバイクで日本中走り回ってこけまくる。

バイク盗まれる、すぐ買う、すぐこける、を繰り返す。

見ず知らずの実家(新潟) で二代目柴犬(バカ)に近所を案内しておらう。結果3時間のあてのない散歩に付き合わされる。土地勘がないので犬(バカ)に従うしか無い。バカに頼らざるえないバカというWバカ状態。

両親がもとの実家に帰ってくる。父、くも膜下出血でたおれるが、順調に復活。介護時、下半身の造作に僕と父との遺伝を自覚する。

無駄に大学院まで行って修了。長年やってた絵の先生も止めて路頭に迷う。

世間は大不況。半分死んでる頃、友人の紹介で老舗の提灯屋に。

怒号が飛び交い、預金通帳が乱れ飛ぶ提灯屋の家族喧嘩に引きまくる。おかみさんはジャガーで夜な夜な夜遊び。親方は愚痴ばかりでまともに仕事せず、オールバック若頭は四六時中爆発寸前。というか爆発してる。丁稚の同僚は僕に今すぐ辞めた方が良いと力の無いうす笑い。

友人伝に映画の美術の話を頂いたので、スパッと辞める。

提灯屋の皆さん、今どうしているのだろうか...面白かったんだけどなあ...(行こうと思えば歩いてに行ける距離)

手描き看板やら壁画やら人に付いたり、自分でも仕事とったりと節操なく筆で稼ぎ、全国津々浦々。それなりに充実。

誘われるがままに友人とギター持ってほんの少しライブなどを。歌もギターも下の中くらい。

恥はかいても死ぬわけじゃ無い。今ものうのうと生きている。

17歳で2代目柴犬が亡くなる。当時としては長寿だと思う。よくがんばった。

いろいろありがとう。君のおがげでうちの家族はバラバラにならなかったんだよ。本当だよ。

旅鴉をつづけつつも、コマ撮りのミニチュアの美術の塗装などから流されるままにCMの美術の塗装へ。店舗などの特殊塗装など何でも出来ることは受ける。

忙しくそれなりに充実していたが左官をしてるとき、なんかそろそろ絵とか描いてもいいんじゃないかとし錯覚を起こし、深く考えず肖像画の公募展に。色々賞を頂き団体の運営にも携わるが、釈然としない。

ほら また悪い癖が首をもたげてきた。

住居と作業場改装のため仕事場を一時関東に戻って来ていた実家に。自転車で毎日通勤50キロ。家無しになったので、彼女のマンションに転がり込む。ここら辺から穀潰しの芽が出たのかもしれない。

実家に3代目の犬が来る。今度は柴ではなく甲斐犬♂。仕事場を実家にしてたので小犬の頃から1年半はずっと側に。猟犬の血筋なので若干身構えたが、迎えてみると頭も良く愛情深いとてもいい子。

躾のスクールにも通い、いろいろと感心させられる。

大島旅行中で東日本大震災。大島はそんなに揺れなかった。

実家がホットスポットに。簡易測定器を買って庭を測定するが、庭はまとも。

大事な犬のために高圧洗浄機で自ら除染。

ちなみに近所の植え込みはなかなか高かった。

僕は諸々忘れない。世間的に収束ムードだがこれっぽっちも収束なんかしていない。

バカのくせに結婚出来たので2人で新居に。カミさんには本当に感謝しています。

もう、ブレブレに生きてて申し訳ございません。

震災後からのモヤモヤはつのるばかり。

僕が肖像画など描く必要はないのではないかと…そもそも人間を描く必要はあるのか?

知人から大学の講師を紹介されるもその大学は2年程で廃校。

とにかく生徒が可哀想。色んな問題は流石に書けません。

カミさんの友人が子猫♀をひろう。考えに考えた末に引き取る。

ちゃんと猫を育てるのは僕自身は初めて。

自分ではウンチも出来ない子猫の人工保育。とても勉強になりました。

猫という生き物の犬とはまた違った面白さに日々興奮。それは今でも続いています。

猫を描く事が心から楽しいことに気付く。

この小さな生き物が僕の世界に大きな影響を与える事になります。

猫の絵が溜まったのでどっか出品するとこでもあるかな?と探し、

目に止まったのが今は無き老舗の猫ギャラリーの公募。

結果投票1位を頂いて初めての個展開催。

この先気が向いたら書きます。